伊賀の天然朱泥を使った急須の開発

[2015.01.16] Written By

伊賀天然朱泥

忍者の里で知られる三重県の伊賀で素晴らしい性能の天然朱泥を見つけました。現在、この土をつかい急須をプロデュースする準備をしております。

急須に使われる土の種類によって変化するお茶の味

急須は使用されている土によってお茶の味・香りの質を変化します。土によっては、味や香りの奥行き感を増すことで余韻を強めたり、味の広がりを増し口の両脇で感じられる甘みを増すなど、お茶を飲んだときの満足感を向上します。逆に、お茶に渋味を付与したり、お茶本来のコクやボディを消し、味と香りをフラットにする土もあり、土はその質によって、お茶の味を良くも悪くもします。

昔と今では質に変化が見られる宜興の茶器

中国では数百年以上前から急須に用いられる土とお茶の味との関係がとても注目されておりました。特に、江蘇省の宜興産の朱泥はその性能の高さから、その名声は現代においても中国国内はもちろん、世界中のお茶愛好家に轟いております。宜興に優れた土があるのは、宜興の作家が優れた鑑定眼を持っていたわけでは無いと思います。急須作家は茶器を作る陶芸の専門家ですが、味に関しては専門家ではありません。宜興でよい土が発見され、茶器制作に使われるようになったのは、茶器の価値を理解できる茶人や文化人がいたからこそと思います。彼らが素材とお茶の味との関係を明確に理解し、より良い物を作家に求め続けたことで優れた土が選び出され、認知されるようになったのではないでしょうか。宜興は、朱泥が産出するという地質学的な優位性に加え、江蘇省という文化的にも豊なエリアに属します。実際、中国にて他省を回ると、宜興に匹敵する良質の朱泥は至る所で目にします。ただ、いくら良い土が有っても、その土を茶器に加工できる陶芸家、味を評価できる買い手の両者がいなかったら第2の宜興にはなれません。そんな宜興ですが、近年では名声が高まりすぎたために、宜興の名声と作家の名だけが一人歩きしてしまい、昔のような性能の土の茶器はほぼ入手困難な状況となっております。近年流通ではブレンドされた土から作られている作品も多く、昔の宜興の朱泥茶器並みの性能の土で作られた茶器は極めて稀少です。

宜興

宜興にて

宜興茶壺

宜興の土

宜興の土屋にて

歴史的に外観を重視して作られてきた日本の茶器

日本はと言うと、日本における陶芸は味と素材の関係というよりも、素材と質感・色合いとの関係が重要視されてきました。もちろん、日本人の多くは、土で作られた急須や土鍋はお茶や料理の味を「まろやか」にすると言う考えは持っております。しかしながら、素材によってまろやかさの程度に差が生じること、まして、ボデイとコクの強弱と土の材質との詳細な関係については急須の有名産地でも殆ど知られておりません。また、色合いを重要視するがあまり、材質によっては味をまろやかにするどころか、コクやボディを打ち消したり、味をフラットにしたり、渋味を高めたりする土もあります。

値段や作家の知名度とは無関係な土の性能

茶器に高い性能を求めた場合、茶器の値段や希少性は選択の基準になりません。非常に高級な急須、芸術性の高い急須、高名な作家が作った急須でも、土と味の関係が検証されてない限り、性能の点では他の急須と基本的に変わりません。急須作家は陶芸の専門家ですが、味の専門家ではありません。性能を伴う急須を作るには陶芸の専門家の力と味の専門家、或いはお茶の専門家のコラボレーションが必要です。

お茶を美味しく入れられる急須を作るためには土探しから

私は優れた性能の急須をプロデュースするためには良い土を捜すことが重要と考えております。土探しと言っても、新しく急須作家を捜すのではなく、文字通り土を探します。土探しをする上で重要な基準はお茶の味への影響ですが、同時に焼き上がったときに急須の機能を支えるだけの強度と保水性も必要です。天然土から優れた性能の土を見つけ出すためには、より多くの土を評価し、お茶の味香りの点で優れた土を選び出すことが重要です。

電気窯

土と味の関係を評価する方法ですが、私の場合、原土を練って、クッキー状のテストピースを作り、会社で所有する電気窯で焼きます。焼き上がったクッキーをお茶に浸すことで、お茶の味や香りの変化を評価します。評価を行う際には、ボディ、コク、渋味など格指標ごとにそれぞれ評価行います。ある程度土を絞り込んだ段階で、土の細かさと味との関係、焼成温度と味との関係等、より踏み込んだテストを行います。

求める性格の土を捜し出すために、これまでにスクリーニングした各種テストピースの一部

紅茶や烏龍茶を香り豊に変える土

今回新たに土を探索するにあたり、特にふくよかさ(ボディ)を求めました。ふくよかさと言うと分かりにくいかと思いますが、簡単に言うと香りの広がりです。このような性格の土は紅茶や烏龍茶、プーアル茶等の発酵茶に対して理想的な性能を発揮します。日本茶に使用すると香りがとても豊になり、口の両脇に残る甘みが増します。日本の茶器の場合、ボディを高める茶器は非常に稀少ゆえに、特にこの性能に重点を置きました。ボディを高める土の産地の候補として、私は信楽と伊賀に白羽の矢を立てました。信楽産のお茶である朝宮茶、伊賀のお酒は味がとてもふくよかであることから、信楽や伊賀の土にも同様の性質があるに違いないと仮定したのです。伊賀や信楽というと、一般的には白い土が有名ですが、それとは別に、これらの地域には極めて良質の天然朱泥が出土します。

同じ地域産の朱泥でも性能は千差万別

天然の朱泥ならどれでも良いわけではありません。天然土の場合、文字通り天然由来であるため砂を始め、様々な不純物が混ざっております。実際、10種類の朱泥をテストして、まあまあの土が1つ見つかれば良い方と感じております。同じ地域であっても、出土する層、場所、採掘方法などにより土の性質は劇的に変わります。土によってはコクやボディを高めても雑味を呈する場合もあり、急須にあった天然の朱泥を探すためには様々な手法によるスクリーニング作業が必要となります。

忍者の里、伊賀にて理想的な天然朱泥を発見

これまで合計100種類近い原土をスクリーニングしました。その結果、伊賀の山の頂上付近の朱泥層から採取された土が非常に面白い性能を示しました。この土は山の地表近くの腐葉土の下にある厚さ10-20cm程度の非常に薄い朱泥層から採取されました。原土は朱泥特有の黄色い色をしておりましたが、今回入手した土は特に黄色の色合いが濃く、外観からも強い個性が感じられました。ただし、粗めの砂も含んでいたため、それらを除去する工程が必要と感じました。この土を適度に精製し、テストピースを作ったところ、驚くほどに強いボディが感じられました。お茶の香りが広がりがあり、烏龍茶や紅茶をいれたときは期待以上の豊かな香りが感じられました。更に、異なる精製条件で処理した土についてもテストを行い、精製方法の最適化を行いました。(注)朱泥とは原土は黄土色をしており、酸化焼成することで朱色に変化する土をさします。原土の状態で赤い土は中国では紅泥と呼ばれます。)

伊賀天然朱泥

 

伊賀の原土(未精製の状態)を焼いたテストピース

入手出来たのは軽トラック一杯分の土

前述増したとおり、今回見つけた土は非常に稀少ゆえ、全て買い占めても軽トラック一杯分位しかありませんでした。山から採れた状態のままだと、枯れ草を始め、砂などが混ざっているため、土を更に濾過精製し、粘土に加工する必要があります。このためには専門の精製専門業者に委託し、更に一連の精製を行い粘土状に仕上げます。この粘土を必要量づつ急須作家に供給して作品作りを行って貰う予定です。

山から採ってこられた状態のままの伊賀天然朱泥

伊賀天然朱泥

精製前の伊賀天然朱泥

伊賀天然朱泥

精製後の伊賀天然朱泥

焼成温度の確認

土が内定したため、次に実際に作品を製作し、大型の窯で焼く試験を行いました。私の所有する窯はアマチュア用の小型の電気窯ゆえに大型の窯で焼いた場合とでは結果が異なります。大型の窯の場合、作品が沢山はいるために、保温性が高く、例えば1150℃を最高温度に設定した場合でも温度は緩やかに下がります。逆に小型の窯の場合、1150度に到達したら、温度は急速に下がります。ちょうど、大きな器に湯を入れると冷めにくいのと同じ原理です。その他諸々の要素により、大型の窯と小型の窯は条件が異なるため、土を評価する際には大型の窯での評価をしなければなりません。

性能が高くても焼きしまらないと使用できない

更にもう一点、土によっては、粒子が粗いなどの理由により焼しまりが甘く、仮に味の点での性能が良くても土に水が染みこんだり、水漏れしたり、構造的に壊れもろい場合もあります。このような事情から、土の評価を行う際には作家に依頼することで実際の作品を製作し、それに基づいて評価することが重要となります。今回は既に内定している作家さんに湯飲みを製作して貰い、実際の使用を想定しつつ品質を評価しました。

全く同質の朱泥による焼成実験:右へ行くほど焼成温度が高い

焼き上がりは朱色

最初の焼成実験は昨年の11月に行いました。私の小型電気釜でのデータに基づき1180℃で焼成しました。しかし、完成したサンプルを見たところ、色がえんじ色に変化しており、明らかに焼く温度が高すぎたことが判明しました。朱泥でも焼く温度が高いとえんじ色になり、更に温度が高いと小豆色へと変化します。温度が高いほど、素材の表面積は減少することから、味への影響も同時に減少します。12月に入り、2回目の焼成実験を行いました。今回は、より低い温度で実験を行いました。その結果、朱色に近い色合いに焼き上がり、心配だった水漏れもありませんでした。土の性質上、表面がややラフな感じですが、使い込むほどに艶が出て良い風合いに育ちそうな手触りをしておりました。

伊賀朱泥

左はほぼ適温、右は温度が高くなり過ぎた結果、えんじ色に

伊賀朱泥

春までに完成予定

味ですが、予想以上に良い結果でした。期待通りにふくよかさが増大され、烏龍茶を伊賀の朱泥に通すと、まるで台湾の地元の水で飲んでいるかのような豊かな香りと味わいに変化しました。ふくよかさに加え、コクについても増すため、例えば、一般的な南投産の台湾の烏龍茶を通すと、質の高い凍頂烏龍や翠峰茶のような広がりのある、豊かな香りのお茶へと変化します。今後、実際に急須を製作してテストを重ね、最終的には今年のゴールデンウィークくらいには発売したいと計画しております。

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