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読めば分かるお茶の発酵と熟成の違い
- [2013.03.01] Written By 北城 彰(Akira Hojo)
お茶の発酵と熟成いうテーマについてより掘り下げて解説したいと思います。発酵と熟成の違いですが、簡単に説明すると、酵素が関与する人によって有益な酸化反応が発酵、酵素が関与しない人にとって有益な酸化反応を熟成と呼びます。以下、詳細を説明します。
発酵
発酵の定義
まず「発酵」の定義ですが、微生物変換のうち人にとって有益な物を、発酵と呼び、逆に無益なものは腐敗と呼ばれます。実は発酵も腐敗も科学的には全く同じ現象を指しております。
ただし、近年では微生物を使わず、微生物から抽出した「酵素」を利用して作られた食品も、広義の発酵食品として扱われています。また、紅茶や烏龍茶などの「発酵茶」の生産には微生物は一切関与していません。お茶の発酵は、茶葉に含まれる酵素が関与するだけですが、食品学ではこれも発酵と呼ばれます。
プーアル熟茶の様な黒茶の場合、微生物による発酵で作られる
茶野発酵に関して、例外は、プーアル熟茶をはじめとする黒茶と呼ばれるグループに含まれる一部のお茶です。(黒茶でもプーアル生茶などのように微生物発酵を伴わないお茶もあります。)これらのお茶は微生物の発酵により生産されます。
お茶の発酵にはポリフェノールオキシダーゼという酵素が関与
お茶の発酵に関与する酵素は、ポリフェノール酸化酵素(ポリフェノールオキシダーゼ)と呼ばれます。この酵素は、カテキンなどのポリフェノールを酸化させる働きを持っています。通常、酵素とポリフェノールは別々に存在しますが、茶葉を切ったり傷を付けたりすることで両者が混ざり、発酵が促進されます。この酵素はリンゴや他の植物にも含まれており、リンゴを切って放置すると茶色くなる現象や、バナナの皮をむいて放置しておくと茶色に変色する現象も同じ原理です。
ただし、切ったリンゴやバナナが茶色くなるのは、人間にとって有益な反応ではありません。そのため、これは発酵とは呼ばず、酸化劣化や腐敗、劣化と表現するのが適切です。
酸化することで生成する香り
お茶の酵素発酵として一般的なのはポリフェノールオキシダーゼによって媒介されるポリフェノールの酸化です。しかし、烏龍茶、紅茶、白茶などの発酵茶の香りへの寄与は、ポリフェノールの発酵度合いだけで決定されるわけではありません。台湾の烏龍茶、ダージリンファーストフラッシュ、白茶などがその良い例です。たとえ茶葉が緑色であっても、十分な萎凋や酸化が行われると、独特の花の香りが形成されることがあります。
実際、烏龍茶の花の香り形成に重要な役割を果たすゲラニオールなどの多くのアルコール系香り成分は、茶の加工過程でグリコシド(香りの前駆体)として存在しています。これらの香りの前駆体に対して、β-プライムベロシダーゼなどの酵素が、萎凋や揉捻などの製造過程で作用し、糖部分を二糖単位に分解して香り成分を生成すると考えられています。
無秩序な酸化は劣化を誘導する
実際、酵素が無くても、お茶の成分であるポリフェノールは酸化します。ただし、ただ放置した場合、酸化は無秩序に進むため、良い香りは生まれず、その代わりに劣化臭(酸化臭)が形成されます。酸化反応はAがBになると言った単純な反応ではなく、反応が連続的に繰り返されます。不安定になった物質は次ぎ次と酸化反応を繰り返すために自動酸化と呼ばれます。まるで水が滝を流れ落ちるかのように、どんどん酸化反応が進み、最終的には黒色の物体、つまり「土」に限りなく近い状態なります。
酵素による発酵でも管理しなかった場合、無秩序な酸化が生じます。例えば生の茶葉を手で磨り潰して放置したからと言って美味しい紅茶にはなりません。高水分、空気、高温下では、酸化反応はどんどん繰り返され、腐った草のような、発酵と言うよりも腐敗に近い状態、つまり酸化劣化をします。
萎凋工程で酵素酸化を制御
素晴らしい香りを作り出すためには、茶葉を特定の管理条件下に置くことで、酸化を制御することが求められます。つまり、紅茶や烏龍茶の良い香りを作り出すためには、発酵そのものが重要ではなく、発酵によって目的通りの物質を生み出すための「制御」が重要となります。特定の酸化反応のみを許し、その他の酸化反応は止める事で、花や果物のような魅力的な香りを生み出すのが「制御」です。勿論、お茶の製造工程に「制御工程」などと呼ばれる工程はありません。この制御に当たる工程は、「萎凋」と呼ばれます。多くのお茶関連書籍では、萎凋とは水分を減らし揉みやすくすると書かれております。この記述自体は間違いではありませんが、それは大量生産の紅茶の場合です。
萎凋の3つの目的
- 水分を減らして酵素の反応を遅らせること。
- 茶葉をしんなりさせて揉みやすくすること(紅茶・烏龍茶)。
- 脱水ストレスによる酵素的酸化の促進。
水分が減り、酵素の反応が遅くなることで、酸化反応がゆっくりと秩序正しく進行し、香りをコントロールしやすくなります。求める香りが発生した時点で火入れを行い、反応を止めることができます。
たくわんの製造を思い浮かべてみてください。たくわんも徐々に水分を失うことで、酵素反応が少しずつ進みます。しかし、濡れた状態で高温多湿の環境下に置けば、たくわんではなく腐った大根になってしまうでしょう。
発酵茶にとって最も重要と言っても過言ではない萎凋
発酵茶の華やかな花や果物の香りをトップノートと呼びますが、これらの香りは萎凋によって形成されます。
発酵茶を作る上で重要なのは、「萎凋を制御することでポリフェノールの酸化をデザインし、理想的な段階になった時点で熱を加えて止める。」ことです。発酵度の高い低いは萎凋を行う時間で調節するのが一般的です。これにより、花のような香り、フルーツの香り、更には乾燥フルーツのような香りまで生み出すことができます。
熟成
貯蔵することで非酵素的に良い香りが生成させることを熟成と呼ぶ
お茶の場合、酵素がすでに失活していても、無酸素状態で保存すると、まるで発酵したかのように素晴らしい香りが生成されます。このように、酵素が関与しないけれども人にとって有益な反応は「熟成」と呼ばれます。ちなみに、熟成の反対、つまり、人にとって有益でない酸化反応は「劣化」と呼ばれます。
酵素がないのに、どのような反応が起きているのか疑問に思うかもしれません。実は、脱酸素剤を用いて酸素を100%除去した状態でも、お茶は酸化するのです。
酸素が無くても酸化はする
化学では酸化には3つの定義があります。化学の話になると眠くなるかも知れませんが、そんなに難しいことではないので是非引き続き読んでください。
酸化の定義
1.酸素を受け取る
2.水素を受け渡す
3.電子を渡す
上記3つの反応は全て酸化と呼ばれます。2と3のように、物質が酸化するためには必ずしも酸素は必要ありません。
無酸素状態で熟成すると熟成により良い香りが発生
ただし、酸素がない環境下では、限られた酸化反応しか起こりません。空気中に放置する場合とは異なり、無酸素条件下で保存すると、成分が秩序立って酸化します。
このような原理に基づき、無酸素下で茶葉を数年寝かせると、高度な萎凋や発酵を施したかのように良い香りが生じます。台湾では、烏龍茶を無酸素状態で数年寝かせることがあります。花のような香りが特徴の台湾烏龍茶ですが、無酸素環境で数年寝かせると、桃や完熟マンゴーのような非常に魅力的な香りへと変化します。
お客様から「桃の香りがする梨山茶はないか」と尋ねられることがありますが、そのような香りの梨山茶を作る方法は2つあります。1つ目は、萎凋と攪拌を非常に長く行う方法、2つ目は、脱酸素状態で数年間常温で放置する方法です。
プーアル茶を圧縮する事で無酸素状態を作り出す
プーアル茶は、熟成させて飲まれるお茶の代表格です。プーアル茶では、茶葉を圧縮する「緊圧」という工程が行われます。昔は「鉄餅」と呼ばれる、非常に硬く圧縮された餅茶がありました。鉄餅では、高い圧力で茶葉を圧縮することで、茶葉内部の空気を追い出すことが目的とされていました。表面の茶葉は空気に触れるため酸化しますが、餅茶の内部は無酸素状態に保たれます。その結果、餅茶の表面と内部の茶葉では香りが異なります。
しかし最近では、カチカチに緊圧すると「崩しにくい」といったクレームが出ます。HOJOでは、崩しやすさと理想的な熟成を両立させるため、緊圧は常識的な圧力で行っていますが、脱酸素剤を封入することで無酸素状態を作り出しています。
酵素がある無いに関係無く、酸化の仕方を制御することで、特定の香りを作り出し、ある段階に達した時点でで酸化を意図的に止めること、それがお茶作りの基礎と言えます。
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