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紅茶や中国茶や緑茶がひときわ美味しくなる佐渡の無名異焼急須
佐渡無名異焼とは佐渡島相川金山で金を採掘した後に副産物として産出する赤土から作られた焼き物です。尚、地元佐渡ではこれを朱泥という呼び方をしておりますが、ここでは赤土と呼びます。佐渡の赤土には鉄分が豊富に含まれており、これを高温で焼成した素焼きの焼き物を無名異焼と呼びます。
佐渡島の赤土が無名異焼と呼ばれる理由
中国ではその昔、赤土が止血剤として使用されておりました。1596年に漢方医学者の李時珍が「本草網目」と言う名の漢方薬一覧を再編しておりますが、その際、「赤土」を呼ぶための適切な名称がないことに気がつきました。何度考えても適切な名称が浮かばないため、やむを得ず、「無名異」、つまり、「名前がよく分からない」という名称を用いたと考えられております。
本草網目 (中国語) >>
江戸時代、日本では中国より「無名異」を止血剤として輸入しておりました。ところが、佐渡の金鉱から産出される朱泥に同じような止血効果があることが発見されました。見た目も非常に似ていることから同じく「無名異」と呼ばれるようになったと言われております。
宜興の朱泥茶壺の影響を受けて発達した佐渡の無名異焼
江戸時代金の取引を産業の主体として栄えた佐渡は、かつて順徳天皇が流されていた場所でもあり、京文化の流れと、立地的に大陸と近いこともあり、朝鮮半島を経由しての中国の文化の影響を強く受けており、お茶の文化的な受け皿となる基盤がしっかりと根付いておりました。
江戸時代の日本で高級な茶器と言えば、宜興で作られた紫砂の茶壺(急須)でした。現在では余し知られておりませんが、当時豊かな茶人や文化人は、宜興製の茶壺を所有する事がステイタスシンボルであり、宜興の急須を所有する事はお金持ちのみに許された最高の贅沢でした。 そんな中、佐渡の金鉱から採れる赤土が、宜興の土と非常に性質が似ていることに気がついた人物がおりました。それが初代三浦常山(後に同家系より人間国宝を輩出)でした。三浦常山は、宜興の土・焼き方・デザインを研究することで、現在の無名異焼の基礎を作り上げました。 日本でも珍しい後手のデザインの素焼き急須は、味の良さから茶人に受け入れられ、かの有名な勝海舟も三浦常山から茶器を注文したという記録が残っております。
佐渡の無名異焼ですが、現在、天然の赤土のみを使った素焼き急須作家が減少しております。 HOJOでは、他に先駆け、無名異焼を海外に紹介してきました。海外市場では、当然、宜興の急須が主流であるため、無名異焼は宜興の急須と比較されます。特に比較の対象となるのは、見た目や使い勝手はもちろんですが、海外のお客様が注目されるのは土の性能です。土の性能とは、お茶をいれることによって、お茶の味がどう変化するという点です。多くの人は、土の急須でお茶をいれるとまろやかになると自然に理解されていると思いますが、実は使用され土の種類、精製の仕方、焼成温度、焼き方により、雲泥の差が出ます。実は土によっては、味がまろやかになるどころか、渋味が増す場合、まろやかさが消失する場合などのマイナスの作用をする急須もあります。また、まろやかと言っても、その程度は土によって大きく異なり、素人が飲んでも一瞬で分かるレベルから、専門家が厳密に比較しないと差が分からない土まで千差万別です。
伝統的に作られている無名異焼の性能
佐渡の無名異焼を取り扱うにあたり、最初に気がついた点は、これまで伝統的に作られていた無名異焼の性能は、日本の茶器の中では優れている物の、宜興の高性能の朱泥急須と比較すると性能に大きな開きがあるという事実でした。そこで私達は、作家の協力の元、土の種類、精製方法、ブレンドの有無・割合、焼成温度、焼成方法を数年間試行錯誤することで、近年、宜興の茶壺と同等かそれ以上の性能の茶器を完成させ、HOJOのオリジナル茶器として販売しております。
無名異焼に用いられる土の種類
佐渡の無名異焼に使用される原土は相川金山の周辺の山や耕地を中心に採掘されます。作家ごとに異なる土を利用しており、各人が独自の採掘場所を有しております。伝統的には2種類の土、赤土と黄土をブレンドすることで無名異焼が制作されてきました。佐渡島では赤い土が無名異土と呼ばれ、黄色い土は野坂土と呼ばれております。何れの土も相川金山の周辺で出土し、鉄分を非常に多く含みます。
無名異土
無名異土は原土の状態で赤色に近いオレンジ色をしており、宜興における紅泥と外観も性能も似ております。粒径が粗めゆえ、焼成温度を高くする必要があります、無名異土の原土のみを焼き上げると、ややエンジ系の濃い赤色に焼き上がります。無名異土は前述したとおり、粒径が粗く、誇張した言い方をすると「サラサラ」しております。この為、この土単品では粘度が不足することから、轆轤で成形することが難しく、急須を作ることが困難です。宜興の場合、轆轤を使用しない作り方をしているため、紅泥のみでも茶器が制作されておりますが。佐渡では粘度が高い「野坂土」をブレンドすることで、土に粘りをだしております。佐渡島では伝統的に無名異と野坂を大体半々くらいの比率でブレンドしております。しかし、HOJOではさらに高い性能を引き出すために、赤土の比率を限りなく100%に近づける試みをしてきました。但し、前述したとおり赤土100%では砂のようにサラサラで轆轤でひくことが出来ないため、轆轤でひくために必要なギリギリ最低量の野坂土をブレンドしております。また、無名異土の種類についても検討を重ねました。同じ採掘現場でも層により土の性質は多少異なります。味を美味しくするという観点に基づき土選びをし、複数の焼成温度を検討し、味への影響の点で最適な焼成温度と焼成方法を用いております。HOJOでは「佐渡無名異焼」の商品名にて販売しております。
野坂土
無名異土にブレンドされる野坂土ですが、野坂という名称の地域に多く見られるため、野坂土と呼ばれております。野坂の地域には今も池がのこっておりますが、私が推測するに、昔は大きな池、または、湖があり、その底に沈殿した土が、現在、野坂土として出土していると思います。野坂土は非常に粘度が高くきめの細かい土です。雨降りに野坂土の採掘現場を歩くと、靴の裏に土が付着し、歩けば歩くほど靴の底が厚くなっていきます。尚、野坂土は宜興紫砂で言う所の朱泥に限りなく近い外観と性状をしており、焼き上げた際の色合い、お茶に対する性状も宜興の朱泥ととても似ております。HOJOでは「佐渡野坂急須」という商品名にて販売しております。
野坂土の外観や物理的な性状が宜興の朱泥と非常に類似しているため、野坂土の原土で作品の試作を行い、テストを行ったところ、野坂土の茶器でいれたお茶が非常にまろやかになることが判明しました。野坂土の場合、水を通しただけでも、とろ~りとした食感とコクが感じられるほど、性能が突出しております。以下のビデオは野坂土の採掘場所を撮影したものです。
無名異急須と野坂急須のどちらを選ぶべき?
HOJOが販売している無名異と野坂を比較した場合、野坂の方がお茶の味がまろやかになります。但し、まろやかになると言うことは、香りも穏やかになります。お茶の種類によっては、野坂よりも無名異を使用した方が、美味しく感じられる場合があります。特にダージリンティを始めとする紅茶、台湾烏龍茶については、無名異の方が高い適性を示します。お客様によっては、まろやかさ(コクの強さ)を重要視され、野坂土を選ばれることもあり、何を重要視するかは最終的にはお客様の好みに依存します。但し、選択をする上で重要なのは、コクならば野坂、香りならば無名異という点です。また、酸化焼成と還元焼成でも土の性質が顕著に変化します。これについては次項で説明します。
異なる焼成温度と焼成方法による、赤土の色と性能の変化
同じ土でも焼く温度の違いにより、異なる性質の茶器へと仕上がります。
焼成温度と色合いの関係
例えば朱泥の場合、1100℃位で焼きあげると、文字通り朱色へと変化します。焼成温度を徐々にあげてゆくと、次第に色が濃くなり、1200℃を超える辺りから、えんじ色へと変化します。
焼成温度が高くなると、より多くのミネラルが融点に達するために液化します。色が濃くなるのは、結晶が溶けてガラス化するためです。ちょうど、雪に水をかけると色が濃くなる、レンガに水をかけると色が濃くなるのと同じ原理です。
焼成温度とコクの関係
焼成温度が低いほどより多くのミネラルが結晶の状態で残っており、多孔性とより大きな表面積を有します。低い温度で焼かれた茶器の方が水やお茶のコクをより引き出します。但し、あまり焼成温度を下げすぎると、以下の様なデメリットも生じます。
- 壊れやすい
- 雑味が出やすい
- 土の臭いがでやすい
還元焼成と酸化焼成
HOJOでは無名異土・野坂土ともに、2種類の焼きかたで仕上げた急須を販売しております。赤土の場合、鉄分が豊富に含まれることから、焼成時に酸素が豊富に存在すると鉄分が酸化して酸化鉄になるため、赤~オレンジ系の色へと変化します。逆に、酸素が少なく不完全燃焼の状態で焼成された急須に関しては、鉄が還元され酸化第一鉄になるために、黒~青黒い色の急須に仕上がります。HOJOがお付き合いしている急須作家の場合、還元焼成の黒急須を制作する場合には、まずは酸化焼成で赤い急須を制作し、再度、不完全燃焼炎にて表面を還元しております。このため、内部は赤いままの状態になっており、陶器の断面は赤い色をしております。
私の経験では、酸化焼成の方が香りが立ちやすく、紅茶、烏龍茶、白茶、プーアル生茶などの発酵茶に向いております。還元焼成の茶器の場合、コクは酸化焼成よりも深く、コク重視のお客様に好まれます。還元焼成の場合、特に日本茶、中国緑茶やプーアル熟茶に向いております。
佐渡の赤土は火山の産物
何故、金山からは良質の赤土が産出されるのでしょう? 佐渡島と言えば、まず思い浮かぶのが金山ではないでしょうか?江戸幕府の財政を支えていたとも言われる佐渡金山ですが、トンネルの合計距離は400kgにも及びます。金山は1601年に発見され、1989年に閉鎖されました。合計78トンの金と2330トンの銀を生産したと記録されております。金山をはじめとする鉱脈がどの様に形成されたか理解することで、金山と朱泥の関係を理解することが出来ます。地中から溶岩が噴出する際、同時に水も押し上げてきます。地中深くに眠る水は、高い圧力により極めて高温になっており、地下に眠っている金属を溶かし出します。溶け出した金属と共に地上付近に押し上げられた熱水は、時間をかけてじわじわと冷却され、ミネラルが結晶化してその結果鉱脈が形成されると考えられております。佐渡島と聞くと、金のみが頭に浮かびますが、実際には金以外にも、銀、同、チタン、鉄等々様々なミネラルが産出されます。朱泥も同じメカニズムで形成された金属鉱脈の一部なわけです。佐渡島は島そのものが海底火山により出来ており、このことを考慮すると、島内には膨大な量のミネラルが眠っていることが推定されます。日本ではあまり知られていない佐渡の土ですが、実は世界にも誇れるミネラルが豊富で良質な土なのです。
佐渡島をぐるりと回ると、土が露出しているカ所が沢山あります。その昔大規模な金の採掘が行われていた相川金山の周辺、海岸沿いの崖など、地層を確認できる場所があります。HOJOでは現在、無名異土と野坂土の土のみを取り扱っておりますが、実は、これらの土以外でもお茶をとてもまろやかにする土があります。以下のビデオを見て頂くと、ミネラルに富んだ佐渡島の土事情をご理解頂けるかと思います。
清水謙氏の赤土採掘現場 | 佐渡相川の海岸:宜興の緑泥と同じ類の岩がゴロゴロとありました。 |
宜興の紫砂茶壺と性能を比較すると?
中国宜興の紫砂の定義
「中国宜興の土と比較した場合どちらが良いか」と質問を受けることがあります。宜興の土は様々な種類がありますが、種類に関係無く、「宜興産の土」は総称して「紫砂」と呼ばれております。宜興には紫砂という土があると思われている方がおりますが、紫砂と言うのは、宜興で採掘荒れる土の総称です。中国には宜興以外にも、良質の土が産出される場所は限りなく存在します。ただし、宜興産以外の土は、例え性能や性質がそっくりでも紫砂とは呼ばれません。
むしろ味を悪くする紫砂の茶壺も
紫砂には、朱泥、紅泥、本山緑泥(段泥)、緑泥、紫泥など様々な種類の土がありますが、これら全ての土にお茶を淹れるのに最適な機能が有るわけではありません。例えば、緑色の土(緑泥)でつくられた急須の場合、お茶の香り・味をフラットに変化する種類もあります。本山緑泥や紫泥に関しても、中にはそれなりに良い効果を発揮する土もありますが、その性能は余り高くありません。紫泥に関しては、亜鉛を含む土が多いためか、無条件に味を渋くする茶壺が多く見られます。紫泥は見た目が美しいために、コレクターには人気ですがお茶を飲む道具としては不適切な土が多いのが実情です。
宜興の土が有名になったのは朱泥が始まり
宜興の土が歴史的に有名にしたのは他でもない、朱泥茶壺です。朱泥に関しては、極めて高い性能を示す土があります。私も文化大革命前に作られた宜興天然朱泥の茶壺を持っておりますが、その性能は非常に高く、お茶や水を通すだけで、とろりとしたコクのある食感に変化します。ただ、その様な茶壺は非常に貴重で、値段も数十万円〜数百万円したとしても不思議ではありません。さらに、近年は宜興でも多くの茶壺が他の土やベンガラを添加により人工的に合成された朱泥から作られているため、現在に至っては安価に入手出来る茶壺の殆どは、日本でも一般的に見られる人工朱泥急須と性能に差がありません。
お茶のコクを引き出すという点では宜興の茶壺に劣らない性能
HOJOでは土の性能に着目して土選びを行っております。当然、宜興の茶壺の性能を意識して土選びをしており、HOJOでプロデュース茶器は、極めて高い性能をしめします。特に野坂のような、純度の高い朱泥の場合、宜興の年代物の朱泥茶壺と同等、或いは、それ以上の性能が見られます。
非常に手間のかかる伝統技法:生磨き
佐渡の無名異焼には日本の他産地の急須にはない技法が使われます。それは「生磨き」という技法です。
生磨きはどのような技法かというと、焼く前の成形された急須を手に取り、表面がツルツルのへらや石で急須表面を押しながら、土表面がよりきめ細かになるように締めて行きます。特に、注ぎ口や持ち手の付け根は多くの労力が注がれます。生磨きを丁寧にすると、持ち手や注ぎ口の付け根部分はまるで木の枝が幹から生えているかのような自然な仕上がりとなります。本体に関しても、表面をしっかりと締める為に、まるで絹のような滑らかな表面になります。実はこの技法は宜興では当たり前に用いられている技法です。宜興の茶壺表面はは非常にスムーズですが、これも同じく生磨きをしているためです。生磨きをした後の急須は、箱に入れられ、更に乾燥を行います。乾燥に伴い土が収縮し、多少の歪みが生じるため再び生磨きが行われます。この作業は繰り返し行われ、非常に多くの時間が費やされます。 他の産地でも表面がツルツルの急須がありますが、これらは焼き上がった後にバフがけで磨き上げるか、轆轤で回転させながら表面を推す等の簡易的な生磨きで作られます。手作業で生磨きをした佐渡の急須と比較すると仕上がりは素人でも一目瞭然です。
尚、生磨きの有無はあくまで見た目の問題であり、土の性能とは関連性がありません。
急須の表面を丁寧に押し土を締めます。 | 急須の生磨きを行う渡辺陶三氏 |
国三窯 渡辺陶三氏の奥さんによる生磨き実演
渡辺陶三氏の奥さんは佐渡に嫁いだ際、何よりも先に「生磨き」の技法を先代から学んだそうです。彼女の指には50年に及ぶ経験と技が凝縮しております。
お茶の専門家と陶芸の専門家による茶器の共同開発
これまでの常識では、土選びは急須作家が行うのが当たり前でした。私達が急須販売を始めた当時は、宜興に匹敵する土を求め、多くの作家に連絡をとり、或いは、実際に商品を取り寄せることで、「作家を通じ」優れた土を探しておりました。しかし、急須作家の場合、轆轤での成形のしやすさ、仕上がりの色合い、窯変などの火色の出方などを規準に土を選ぶのが一般的です。急須作家の場合、急須を作るプロであり、土がお茶の味にどう影響を与えるかという観点では土探しをしておりません。逆に、私達は土によりお茶の味がどう変化するか、どのような土がお茶の味の観点から理想的かという点については熟知しておりますが、自分たちで急須を作ることはできません。HOJOでは作家と土の共同開発をすることで、お互いの持つ知識のコラボレーションにより、お茶を愛する人にとって理想とするような急須を提供できるように努力しております。今後も既存の土の更なる改善と、新しい土、作家の探索を継続してゆきたいと思います。
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