同じ中国雲南省で作られるプーアル茶の中には、中国国内はもちろん、世界の愛好家にも広く知られた有名産地が複数存在します。
西双版納の老班章、易武、布朗山、臨滄市の氷島、昔帰、馬鞍山、忙肺などがその代表例で、これらの産地のお茶は現在、非常に高値で取引されています。

私はこれまで、雲南省内の主要な有名産地を実際に訪れ、各産地で作られた春摘みのお茶を幾度となく飲んできました。
本稿では、そうした実体験を踏まえ、有名産地のお茶は何が評価されているのか、そしてその価格は本当に妥当なのかを整理し、有名産地のお茶の価値を大局的に捉えるための視点を提示したいと思います。

お茶の質を決める基準は余韻

プーアル茶に限らず、お茶の質は基本的に余韻の長さによって評価されます。
ここで言う余韻とは、飲み込んだあとに味と香り(英語で言うフレーバー)がどれだけ続くか、そしてそれらが単調に消えるのではなく、厚みを持って段階的に続くかどうかを指します。

質の低いお茶は、口に含んだ瞬間の味や香りはあっても、飲み込むとすぐに消えます。
一方、質の高いお茶は、飲み込んだあとも舌や喉の奥で味と香りが続き、時間の経過とともに形を変えながら感じられます。
この「飲んだ後にどれだけ続くか」「どれだけ重なりを持って続くか」が、余韻の長さであり、品質評価の中心です。

この考え方は、お茶に限らず、ワイン、ウイスキー、ブランデー、チーズ、だしなど、評価が成熟している嗜好品や食品に共通しています。
いずれも、口に入れた瞬間の強さではなく、飲み込んだ後に味と香りがどれだけ厚みを持って続くかが価値を分けます。

この余韻を形作る要因は、標高、樹齢、そして最も重要なのが肥料の有無です。
たとえ標高が高く、樹齢の古い茶樹であっても、肥料が投入されると生長が早まり、結果として余韻は短くなります。生長が促進されることで細胞が肥大化し、細胞密度が下がり、茶葉の成分が希薄になるためです。

では、有名産地のお茶は、これらの条件を実際に満たしているのでしょうか?

樹齢という評価軸の限界

有名産地が評価される理由として、しばしば挙げられるのが樹齢の高さです。
実際、多くの有名産地に共通しているのは、樹齢の高い茶樹が存在するという点です。

ただし、これは有名産地に特有の条件ではありません。
産地名がほとんど知られていない地域であっても、非常に樹齢の高い茶園に出会うことは、雲南省では決して珍しいことではありません。


私達の仕入れ先の生産者が保有する古樹茶園。有名では無いが、臨滄市でも最大クラスの古樹茶園

有名産地における施肥の実態

一方で、栽培の実態という観点から見ると、有名産地の茶園では施肥が行われている例が極めて一般的です。有名産地では、肥料が制限されている、あるいは持ち込みができないといった説明を耳にすることがありますが、少なくとも現地で確認できる実態とは一致していません。実際に雲南省の産地を訪れれば分かるとおり、肥料の使用が制度的に管理されている例はなく、村には化学肥料や各種肥料の宣伝ポスターが至る所に掲示されています。茶園でも施肥は日常的に行われており、茶葉の形状やサイズ、茎の長さ、色合いの濃さなどに、肥料使用の影響は明確に表れています。なお、ここで言う肥料には化学肥料だけでなく、家畜由来の糞なども含まれます。少なくとも現地の実態として、肥料使用が厳格に制限されている産地は確認されていません。

有名産地の中には、現地での仕入れ価格がキロ単価で数十万円に達する原料も珍しくありません。この価格水準では、茶葉の収穫量をわずかに増やすだけでも、農家の収入は大きく変わります。そのため農家にとっては、品質を維持すること以上に、収量を確保することが強い動機になります。結果として、樹勢を強め、収量を安定的に増やすために、化学肥料や家畜由来の糞などが用いられるようになります。

このような収益構造の下では、有名産地が本来持っていた老木や標高による利点は、施肥によって打ち消されやすくなります。その結果、余韻の長いお茶に出会う機会は、有名産地であるほど少なくなります。

氷島周辺の風景

有名産地のお茶が評価される相対的な理由 フルボディ

それでもなお、市場において有名産地のお茶が高く評価され続けている背景には、別の評価軸が存在します。その中心にあるのが、フルボディであるという点です。
余韻は施肥、とりわけ窒素肥料の影響を強く受けやすい一方で、ボディそのものは、施肥の有無によって左右されにくいという性質を持っています。そのため、動物の糞や各種肥料が使用されていたとしても、ボディは相対的に温存されやすいのが実情です。

昔帰、老班章、易武、布朗山、忙肺、馬鞍山など、プーアル茶を代表する有名産地はいずれも、フルボディのお茶として知られています。
フルボディとは、お茶を口に含んだとき、香りと味が口の中で横方向に大きく広がり、口内を満たすように感じられる感覚を指します。


メコン川の横に位置する昔帰の古樹茶園

ボディを決定づけるのは土壌

ボディは樹齢や標高によって決まるものではありません。
私たちは過去に複数の実験と検証を行った結果、アルカリ金属や火山噴出物由来のケイ素を多く含む土壌が、ボディを形成する決定的要因であるという結論に至っています。

具体的な実例として、武夷岩茶の産地である武夷山一帯は、海底が隆起して形成された地質で、アルカリ金属を多く含んでいます。そのため、この地域で作られるお茶は、樹齢や標高にかかわらず、極めて強いフルボディを呈します。これは製茶方法とは独立した、土壌由来の特性です。

武夷山の茶園(上)と海底が隆起して出来た武夷山の岩(下)

この傾向は、お茶に限った特殊な例ではありません。
フルボディのワインで知られるボルドーやブルゴーニュも石灰岩質の土壌で形成されており、カルシウムやカリウムを豊富に含む地質が、ワインのボディ形成に大きく寄与しています。嗜好品の種類は異なっても、ボディと土壌の関係は共通しています。

また、ケイ素は火山灰由来の土壌に多く含まれます。
九州に広く分布するシラス土壌はその典型例であり、鹿児島や宮崎のお茶や果物、さらにはミネラルウォーターにおいても、明確なフルボディが形成される要因となっています。

雲南省の有名産地に見られるフルボディの茶園は、海底由来の地質に位置している例が多く見られます。私が普段滞在して仕入れを行っているエリアは一般に有名産地とはされていませんが、標高1900mから2000m付近には石灰岩が豊富に分布しており、そのエリアで栽培されたお茶は明確にフルボディになります。一方で、さらに標高の高いエリアでは赤土が主体となるため、相対的にボディは軽くなります。

岩肌が露出している石灰岩層

有名産地が生まれた背景

実際、現在有名とされている産地の多くは、市場で評価される以前は、道路も整っておらず、肥料もほとんど使われていない貧しい地域でした。
老木が残り、無肥料に近い栽培環境が維持されていたことで、まず余韻の長いお茶が成立しており、そこに土壌条件によるフルボディが加わったことで、結果として強い個性を持つお茶となり、市場で一気に注目されるようになったのです。

しかし、有名になることで価格が上昇し、農家が生産量を増やすために施肥を行うようになった結果、現在では多くの有名産地のお茶で、余韻は相対的に短くなっています。
それにもかかわらず、余韻よりもボディに強く反応する層が一定数存在するため、こうしたお茶が高く評価され続けているのが実情です。

ボディは人工的に作れる

このように、ボディは有名産地のお茶を代表する特徴とされていますが、実はボディは人工的に作ることが可能です。
石灰や貝化石、ケイ素などを茶園に施せば、味は容易にフルボディになります。これは果物やコーヒーの栽培では一般的に用いられている農業技術であり、果樹園に石灰や貝化石を投入してボディを高める手法は日本でも決して珍しいものではありません。

実際、石灰や貝化石が投入された茶園では、有名産地のようなフルボディのお茶が生まれます。

香りとテロワールをめぐる誤解

産地ごとにお茶の特徴が明確に存在し、飲めばどこの産地か分かると主張する人もいます。

その説明としてしばしば用いられるのが、ワインの世界で知られるフランス語の「テロワール」という考え方です。

テロワールとは、土壌や地形、気候といった産地の自然条件が、個性を形作るとする概念です。この考え方自体は、プーアル茶においても一定の妥当性を持ちます。ただし、その影響が及ぶのは、主にボディや余韻、透明感といった要素に限られます。少なくとも、プーアル茶の香りの方向性を説明する要因として、テロワールが決定的な役割を果たしているとは、私の経験上、考えにくいというのが結論です。

雲南省では、同じ産地の同一村内であっても、茶園ごとに土壌環境や日当たり、樹齢が大きく異なるのは珍しいことではありません。そのため、ボディの強さや余韻、透明感には区画ごとのばらつきが生じます。

ところが、それにもかかわらず、同じ生産者が作るお茶は、茶園が異なっても香りの方向性は概ね共通します。
一方、産地が異なる場合には、香りの方向性そのものが大きく変わり、全く異なる個性として現れます。

この一見すると矛盾する現象を生み出している最大の要因が、製茶方法です。
プーアル茶の場合、釜炒りのやり方や温度管理の違いによって、仕上がる香りは決定的に変わります。

実際、多くの有名産地には、商売的に成功している生産者や、知識と設備を備えた製茶工場が存在します。村人の多くは、こうした生産者や工場でアルバイト的に働いた経験を持ち、その過程で製茶方法を実地で身につけています。そのため、自分たちが生産するときも同じやり方を踏襲することが多く、結果として村全体、さらには産地単位で製茶方法が揃っていきます。

製茶方法が香りを決定づけることを示す具体例として、昨年私が大雪山の複数の村を訪れた際の経験があります。
非常に製茶に精通した生産者が一人おり、周囲の生産者は皆、その人物の製茶方法を取り入れていました。その結果、訪れた周辺の複数の村すべてで、殺青の手法、萎凋や天日乾燥の方法、使用する道具に至るまで共通しており、どの生産者のお茶もほぼ同じ香りに仕上がっていました。

また、代表的な例として、普洱市の景迈(チンマイ)は、蘭の花を思わせる香りを持つプーアル茶の産地として知られています。多くの人は景迈の森林環境がそのような香りを生み出すと考えております。しかし実際には、景迈では高温かつ高速で攪拌する殺青法が一般的に用いられており、この製法は緑茶の製法に近く、蘭の花系の香りが生じる製法です。他産地のお茶であっても、同じ殺青方法を採れば、同様の香りは生じます。

このように、各産地で影響力のある生産者の製茶方法が共有され、その作り方自体が産地の特徴として定着しているのが実態です。


景迈周辺の景色

有名産地と価値の関係

以上、有名産地のお茶がどのように評価されてきたのか、その背景と実態を整理してきました。本稿で示してきたとおり、お茶の質を見極める基準は、最終的には余韻に集約されます。

この余韻を基準に考えるならば、産地の知名度やブランドは必須条件ではありません。むしろ、施肥の有無といった栽培のあり方に加え、標高、樹齢、土壌といった茶樹を取り巻く条件こそが、本質的な価値を左右します。

私たちは、有名産地という看板そのものではなく、こうした条件を一つひとつ見極めることを重視しています。余韻の長さという一点からお茶を見たとき、真に価値のあるお茶は、有名産地の看板の外側にこそ存在していると考えています。

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